賢い人は先を見越して準備している(塾長②)

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親は信用できない

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私の両親の離婚が成立して、母と私(当時小学4年生)と妹二人とA男との生活がスタートしました。当然の話ですがA男との新生活にはかなりの不安がありました。

そう簡単に新しい生活には慣れることはできません。その辺のことは母もA男もある程度理解していたのでしょう。子どもに刺激を与えないように配慮する姿勢も多少感じられました。

A男なりに前向きに子育てをしようとする思いがあったのでしょう。A男は最初「大学に行かせてやろうと思っているから」と言っていました。大学など意識してはいませんでしたが、そう言われると悪い気はしません。ですから私も「その思いに応えるだけの勉強はしなければいけないな・・・」と思いました。

ただ、そんなA男の姿勢は最初の頃だけでした。次第にA男と母は自分たちの「理想の家庭」の形に子供を当てはめようとしてきました。まず最初に母に言われたのが次の二点。

「これからはおじさんのことを”お父さん”と呼びなさい」
「二度と前のお父さんの話をしてはいけません」

私はこの強制が嫌でたまりませんでした。なぜ父と思えない人を「お父さん」と呼ばなければならないのか?なぜ嫌いでない実の父の話をしてはいけないのか?強制されると余計に言いづらくなりました。

私の妹二人(当時3歳と8歳)は、時間とともに少しずつA男を「お父さん」と呼ぶようになりました。しかし、私だけはどうしてもその一言が言えません。「個」がある程度出来上がっていたせいもあるのか、心の葛藤がどうしても「お父さん」という一言を許さないのです。

そんな葛藤で一杯のところ、親の理不尽な言動に首をかしげることも多々ありました。「二度と前のお父さんの話はしてはいけない」と言っていたはずの母が、子供たちを叱るときに度々「悪いところばっかりあの父親と似てるんだから!」などと、禁句であるはずの父親の話をするのです。今から思えば「大人なんてそんなもの」ですが、当時の私は「なぜ?」「どうして?」と真剣に悩みました。

そして私に定着した考え方は「親は信用できない」です。

俺は子供を見捨てる親には絶対ならない!

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人頑なに「お父さん」の一言を拒否し続ける私にA男がイライラしているのは子供ながらにもよく分かりました。

そんなある日、私は日中に点ける必要のない電気をつけてトイレに入ってしまいました。すると、私がトイレから出てくるなり「電気を点ける必要がどこにあるんだ!」と言っていきなり私を殴りつけ、凄い形相で睨みました。

私はそれまで、そこまでの激しい”しつけ”を受けたことがなかったので、強烈なショックと恐怖感を味わいました。

それから私はA男の前で一切自分の感情を出さなくなりました。一日の中でA男の前で話すのは「おはようございます」「いただきます」「ご馳走様でした」「お先にお風呂いただきました」「おやすみなさい」という5つの挨拶だけ。恐怖心が先立って離せないのです。

心を開かない私は次第に家族の中で孤立していきました。食事をしても、私は何一つ話さず、一番に食べ終え、すぐに席を立ちます。皆が一緒にテレビを見ていても、私だけ別の部屋で一人時間を潰します。

そんな私を快く思わないA男は次第に私に対する憤りの感情をあからさまに出してくるようになりました。

たとえば、私はどうしても9時から始まるアニメ映画を見たいと思ったときの話です。当時、家には一応ビデオがあったものの、子供が使うことは一切許されていませんでした。

ですから、そのアニメを見るためにはA男の許可を得る必要がありました。そう、当時の私はテレビ番組の予約さえも親の許可が必要だったのです。

それまで一度も録画を頼んだことはありませんでしたが、この時だけはどうしても観たかったので、勇気を振り絞り「録画してください」とお願いしました。するとA男はこう言いました。

「お前にビデオを使う資格はない」

私はそれ以降、二度とテレビもビデオも見ようとは思わなくなりました。実際、私は新たな生活が開始してから約3年間、全くテレビを見ませんでした。

私以外の家族が皆テレビを見ながら家族団欒(だんらん)の一時を過ごす中、私だけ一人別の部屋でひっそりと過ごすのです。この頃はもう家が地獄のように感じられました。

「そんなときお母さんは助けてくれなかったの?」と思うかもしれませんが、残念ながら母は「子供より男」のタイプでした。

A男が私を理不尽な理由で叱ったりするとき、母はそれが理不尽な叱り方だと分かっていても「好きな男には逆らえない」といった感じで助けてくれません。

子供ながらに母の微妙な女心が見抜けてしまったとき「どうせ親なんてそんなもの」と思うようになりました。同時に「俺は子供を見捨てる親には絶対ならない」と心に誓いました。そう、母もまた父と同様に私の偉大な反面教師なのです。

真剣に話を聴いてくれる人が必要

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私は今になってやっと、なぜ自己主張できなくなったかが分かりました。私はDV被害者と同じような状況に置かれていたんですね。DV被害者が「自己主張の自由」を得る前提に必要なもの、それは・・・

生活面・精神面など広い意味での”安心”
“I am OK”という”自信”

この安心と自信の二つが揃ってはじめて「自由な自己主張」が可能になります。当時の私には安心も自信も自己主張の自由もありませんでした。ですから、家での生活は本当に苦痛そのものでした。ただ、幸いなことに私にたった一つ「救い」がありました。

これもDVの場合と同じなのですが、身体的・精神的・性的暴力を受けた子ども達には、非行に走るか健全に成長するかの分岐点があると言われています。

その分岐点に「あるもの」があれば人は健全に成長し、逆に無いと非行に走る・・・それは「真剣に話を聴いてくれる人」の存在です。

親族でも友達でも学校の先生でも、自分の素直な気持ちをぶつけることができ、それを受け止めてくれる人なら誰でもいいのです。私にはそんな気持ちを打ち明けられる友人がいました。仲間がいました。

家に居場所は無かったけれど、学校には居場所がありました。家での生活に苦痛を感じる反動で、学校に行くのが嬉しくて仕方ありませんでした。だから私は非行に走らずに済んでいたのかもしれません。

時には過酷な人生や冷たい世間の風を感じることがありますが「世の中捨てたもんじゃない」と思える他人の温かさに救われることもあります。

当時の私は、周りの人たちに助けてもらっている認識はありませんでした。でも、今冷静に振り返ると、確かに私は助けてもらっていました。

だから私にとって他人はとても身近な存在です。反対に「血の繋がり」を信じることができません。血の繋がりがあろうとなかろうと「信じられる人は信じられる」「信じられない人は信じられない」というのが私の考え方です。

ですから、昔公文のCMで「親はあてにならん」というキャッチフレーズが使われていたとき「そう!それ!!」と思わずうなずいてしまいました。

知恵が無ければ虐待からも逃れられない

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テレビでよく「妻の連れ子を再婚相手の男が殺した」といったニュースが流れていたりしますが、私はそれを見るたび「自分がニュースに出なくて良かった」と思ってしまいます。

理由は、私自身がA男から結構な虐待を受けていたからです。私が中学生になった頃のA男は、私を家族の一員とみなさず、いじめの標的として執拗に攻撃してきました。

たとえば、私の友人が自宅に訪れた時などは、その友人がいる目の前で「ここはお前の家じゃねぇ!友達なんか連れて来るな!」と言い、友達に対しても「帰れ!」と怒鳴りました。怒った私は「友達は関係ないだろうが!」と言って取っ組み合いになり、服はビリビリに引き裂かれるわ、家の窓ガラスは割れるわ、本棚は倒れるわの大喧嘩になったこともありました。

その他にも、些細なことで暴力を振るわれました。朝、妹二人が6時頃に起きているのに私だけが7時頃まで寝ていた・・・という理由で「お前はいつまで寝とんな~!」と言って、近くにあった木のイスで私を思いっきり殴りつけ、椅子は一瞬でバラバラに飛び散りました。

「これが頭に当たったら死ぬな」と思った私は、寝た体制から片足を挙げて距離を取ろうとしました。男は「おおおお、何ならその恰好は。カッコわりいのぉ!悔しかったらかかって来てみい!」と笑って馬鹿にして、壊れた椅子の破片を放り捨てて去って行きました。

虐待を受けたのは私だけではありません。三人兄妹の末っ子の妹が三歳だったとき、妹は遊び感覚だったのか、ストーブの上にタオルを乗せて燃え始めました。

それほど大きく燃えたわけでもないのですが、怒ったA男は妹を抱え上げ、「そんなことをする奴はこうじゃー!」と言って、なんとストーブの上に妹の背中をジューと焼き付けました。妹は「ギャーッ」と泣き叫び、その声に驚いた駆けつけた母が慌ててA男から妹を奪い取りました。

母は必死に妹の背中を冷やしましたが、十円玉3個分くらいの火傷がすぐに直るはずがありません。どう考えてもこれは三歳の子供にする「しつけ」ではありません。完全な虐待です。

しかし、家庭という狭い世界の中で行われる虐待に対し、知識や知恵が無い子供は何も抵抗することができません。本来は必死で守るべき母親も、恋は盲目の状態で正常な現状判断と決断ができなければ、子供はその世界から抜け出せません。

私も成熟した今なら適切に対処できますが、当時の私は判断力も決断力の無かったので「それはさすがにやり過ぎだ」と思っても、何も動けませんでした。

こんな風に、A男に明らかな虐待があっても、その虐待の被害者や周りの人間が、目の前で起きている出来事が虐待と認識できなかったり対処方法が分からなければ、当事者はその状態から決して逃れられません。

勉強は教科書に書いている内容を覚えるだけのことではありません。日常生活の中で起きる様々な問題をどう考え、どう対処していくかを考えることも、大切な勉強の一つです。そこで適切な対処ができなければ、人生は知らず知らずのうちに負のスパイラルに巻き込まれていきます。

賢い人は先を見越して準備をしている

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「賢い奴は騙されずに得して勝つ。バカは騙されて損して負け続ける。これが今の世の中の仕組みだ!!」という桜木先生のセリフもご紹介しましたが、私は過去の出来事から

バカは損して負け続ける

という言葉に、人一倍の厳しさやリアリティを感じます。しかし世の中は、そんな現実の厳しさを教育の中でほとんど教えません。桜木先生の台詞のとおり、大人たちは何の根拠も示さず「未知の無限の可能性がある」だなんて無責任は妄想を子供たちに植え付けるのです。

すると子供たちは「よく分からないけれど、何となく勉強を進めて行けば、いつかは自分の個性を活かして他人と違う人生が送れるのでは・・・」といったような、甘い妄想を抱きます。しかし現実はそんなに甘くありません。桜木先生が言う通り「社会はそういうシステムになっちゃいない」ということです。

「みんなで手を繋いでゆっくりのんびり楽しく勉強して行きましょう」といった教育で育てられた子供は、その時は笑顔で楽しめて良いかもしれませんが、現実の弱肉強食の社会に放り出されたときに八方塞がりの状態に陥ってしまいます。

「社会に出て困ることがあったら、それはその時になって対処すればいい」という意見もあるでしょう。それはその通りだと思います。ただ、できる限りの準備をしてから困るのと、何の準備もしていない中で困るのとでは、全く展開が違ってきます。

賢い人は、何事にも相当先を見据えて事前にしっかりとした準備をしています。それを知らずに放り出された子供たちを待っているのは、これまた桜木先生のセリフ同様、不満と後悔の渦巻く現実だけです。

人生という大勝負はオギャーと生まれた時から始まっています。賢い人は皆そのことを知っています。だから、頭の良い先生もテレビで「いつやるか」の問いに何回も答えてくれてますよね。

父と呼ばされていた男は赤の他人だった

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A男の虐待が数年続いた後、いつしかA男は家に帰って来なくなりました。いつどこに出て行ってどんな暮らしをしているのか、母は私に何も言わなかったので何も分かりませんでした。この時私は確か中学1年生だったと思います。

これ以来、私自身はA男に会っていません。しかし、大人になってから母と妹からその後の出来事を聞きました。A男は家を出た後、別に家を借りて一人暮らしを始め、母は定期的にその家に通っていたようです。ある日、母がいつもは行かない日にA男の家に行ってみると、A男の家に見知らぬ女性が入り込んでいました。

鉢合わせをして茫然とする女性二人に対し、A男は「後は二人で勝手に決められぇ」と言って、さっさと家を出て行ったそうです。この話を息子が聞いたら怒るのが普通なのかもしれませんが、私はあまりの愚かさに呆れて「やるなぁ~」と言って笑ってしまいました。

母は「そんな人じゃないと思っていたのに・・・」と言っていましたが、私が呆れて「そんなことをする人だってことくらい普通分かるでしょ」と言うと、母は目を丸くして絶句していました。

更にその他のことを聞いていくと、私がA男と暮らしていたとき、母とA男が結婚してなかったこと、A男が前妻・・いや本妻と離婚していなかったこと、一緒に居た期間、A男が家に生活費を一切入れていなかったこと、A男が稼いだお金はほぼ全て本妻の方に流れていたことなどが判明しました。

なんと私は、自分が住む家の家賃も払わない赤の他人である母のヒモ(女性を働かせて貢がせる情夫)を「お父さん」と呼ぶよう強要された挙句、そのヒモに「ここはお前の家じゃねぇ!」などと罵られていたのです。

いやー・・・、私はもう言葉を失ってしまいました。( ̄▽ ̄;)

君子危うきに近寄らず

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ことわざの一つに「君子危うきに近寄らず」というものがありますが、これは「教養があり徳がある者は、自分の行動を慎むものだから、危険なところには近づかない」という意味です。

母は「A男に騙された」と怒っていましたが、母がA男に振り回された原因は、母に男を見抜く能力や結婚に向けての手順を踏む能力が無かったからです。

母にそれなりの能力があれば「A男と本妻の離婚」「新生活の方針」「結婚までの流れ」を事前に確認するなどの手順を踏んだ上で生活を開始したはずです。しかし母は、そんな手順の意味や必要性が理解できなかったので失敗しました。誰でもこんな失敗をしたくないはずだと思います。

私は約11年前から今日まで行政書士として離婚相談やその手続きを行っていますが、私はその仕事上、この手の話が決して特別な話ではないことをよく知っています。

勉強をしていないと、物事の本質を見極めるのが難しくなるので、損をする確率が高くなります。しかしそんな人は、自分が損をしていることにも気付きません。

中途半端な勉強しかしてこなかった人の多くは、勉強が苦しくて嫌なものと思い込んでいます。しかし、ある程度真剣に勉強をしてきた経験のある人は、新しいことを覚えることの喜びや楽しさを知っていて、学校の勉強以外のことも吸収しようとする意欲と興味を持っています。

学習に意欲や興味が持つと、自ら進んで本を読んだり調べるようになり、次第に物事を俯瞰的・大局的に捉えられるようになります。こうなると日常生活における様々なことが良い方向に向かうようになります。

だ・か・ら、勉強はしておいた方がいいのです。

続き・・・「一家無理心中もありえた母子家庭」

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